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適度な距離を置くことで、お互いに存在を認め合え・・・

2012年12月18日

≪箱入り嫁のつぶやき≫
私は船井幸雄さんのところの
にんげんクラブ事務局こだまゆうこさんが好きです^^*
今回こんな気づきをくださいました。
ちょっと長い引用になりますがもしよろしかったらお読みください。
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お部屋にある植物って、とても心を和ませてくれるものですよね^^。
我が家の窓辺にも、二種類の植物の鉢が置いてあります。
ひとつは、クリスマスシーズンに大人気のポインセチアで、
もうひとつは、カランコエという小さなかわいらしいお花です。
どちらも三ヶ月ほど前に買ったものですが、
現在は元気にすくすくと育っています。
現在は、という言葉を使ったのには理由があるのです・・・・。
というのも、じつはカランコエを購入してから1ヶ月ほどたった時、
お花の部分を全部枯らせてしまいました><。
花についてほとんど知識がないので詳しくはわかりませんが、
たぶんカランコエは見た目からして丈夫な花だろうと思います。
もう少し長い期間咲くものだと思っていたけれど、
悪いことをしたなぁ、残念だなぁと思いながら、
はじめは処分しようと思いました。
しかし、よく見ると葉の下の部分はまだ青々としていたので、
枯れた部分を取り除き、
茎と葉だけの状態で、窓際に置いておくことにしました。
そんなカランコエを眺める日が続きました。
さて、そのように過ごして一週間ほどたった頃、
新たな蕾が出来、また花が咲き始めました。
今年はもう花は咲かないだろうと思っていたので、
これは私にとってとても嬉しい出来事でした^^。
その日以来、一つの花も蕾も枯れることなく、
元気にカランコエは咲き続けています。
さてさて、カランコエに花が再び咲いてから、

なぜあの時に枯れてしまったのだろう?
そしてなぜ花が再度咲いたのだろう?
と、考えるようになりました。
というのも、枯れる前と、
枯れた後、それから花が咲いてからの日々
は、
水遣りの回数も、その際の声のかけ方も、
ほとんど同じなのです。
ひとつだけ変わったことは、

カランコエの置き場所でした。
といっても、日当たりも全く変わらない場所に、
数十センチずらしただけです。
たぶんこれが、カランコエが復活した理由だと思います。
以前は、カランコエをポインセチアの横に並べて置いていました。
するとどうしても、派手なポインセチアに比べて、

小さなカランコエは地味に見えてしまいます。
花が枯れてしまってから、
なんとなく、置き場所を数十センチ移動したのですが、
どうやらこれが良かったようです。
というのも、わずか数十センチポインセチアと離しただけで、
カランコエの存在感が、ぐっと増していったのです

頻繁に視界に入るようになり、
気付いたら、綺麗なお花が咲いていました。
距離を置くことで、ポインセチアはポインセチアの良さが、
カランコエはカランコエの良さが引き立つようになりました。
この出来事から、
花も自らの存在を認められたがっているのだな、
と気が付きました。
ただ以前より目立って視界に入るだけなのですが、視界に入ると、
「あ、カランコエがあるな」と、わざわざ声には出しませんが、
カランコエの存在を認識します。
あえて言葉にすると、
「今日もそこにいるね。」
という認識でしょうか

そのように視界に入った際には、瞬時にして、
枯れていないかな、元気にしているかな、
というのを無意識に「見て」いるのだと思います。
その「見る」ことが、
ひとつの愛情として、花に伝わっているのかもしれないな、
と思いました。
その愛情によって、
花は
「もっと見られるようにがんばろう。
自分のベストを尽くして花を咲かせよう。」
と思うのかもしれません。
そして私は、その花がベストをつくして咲いてくれた姿を見て、
花から愛情を受け取っているのだと思います。
また、花にも花同士の相性というのがあるのかもしれないな、
とも思いました。
もしかすると、
ポインセチアにとっては、カランコエの隣にいることは苦痛でないけれど、
カランコエにとってポインセチアの隣にいることは、
自分の良さを発揮することができなくて、苦痛だったのかもしれません。
相性のあわないもの同士は、近すぎる場所にいるよりも、
少し距離を置くくらいが、お互い快適に過ごせるようです。
そうやって適度な距離を置くことで、お互いに存在を認め合え、
良い部分を活かしあえる関係もあるのかな、と思いました。
そして、これらは花だけでなく人間にも、
同じことがいえるかもしれないな、と思いました。
小さな気付きですが、
シンプルで大切なことを、
二つの鉢植えからいろいろと
教えられた出来事でした
^^。
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“機微”のわかる人間ににりたいなぁと思います(o^-^o)



<成長のヒント>
        何を背負って、今日を過ごすか?
        どんな想いで、言葉を届けるか?
        覚悟の強さだけ、前に進む
        愛情の深さだけ、心に響く
                    ・・・・・・・・・それを忘れたとき、人は迷う
                                                                 小田真嘉

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